ユニコン賞受賞者一覧(2003年以後)



「ユニコン賞」について


ユニコン賞受賞者一覧(2003年以後)
 
年(和暦)ユニコン賞氏名(学部)出身クラス(慶友会)選 考 概 要
第51回2017年(平成29年)    
    
第50回2016年(平成28年)    
    
第49回2015年(平成27年) 五戸 淳夫 君(法)東京三田クラス平成17年4月に学士入学、同時に東京三田クラスに入会、翌年より卒業まで、副会長・会計・学習委員・名簿管理・HP管理・会報編集等の役員を兼務歴任、特に会計において、8年間の実直な東京三田クラスの金庫番であった。また、紙媒体主流の会員間連絡ツールをインターネット経由に移行、会への誠実な職務遂行しながの卒業で会員からの信頼も厚く、今後の三田会活動での積極的な活躍が期待できる。
第48回2014年(平成26年) 片山 良子 君(文)母親学生会平成10年10月に入学、平成14年から母親学生会に所属、平成25年9月卒業までに会長1期、会報編集2期、東京支部及びサブリーダ2期、新入会受付1期、選挙管理1期など、会の重要な担当部門を務めた。その間、会員の子育てと学業の両立への献身的なサポートを続け、会員からの信頼も厚く、尊敬され、頼りになる存在だった。卒業後の三田会活動にも関心を寄せている。
 浅岡 俊一 君(経)慶大愛知クラス平成22年9月に入学、同時に愛知クラスに入会、翌年には書記に選任された。以後会報誌の編集に携わるかたわら、新入生オリエンテーションのチラシ配布や、科目試験後の懇親会準備、会計などを担当した。2年後に24年度会長に選任され、例会の司会進行や講師派遣講演会を企画、次年度も会長に再任され、26年3月に3年半で卒業した。三田会へは参加意向である。
 澤田 明子 君(文)大分慶友会平成18年9月に入学後、平成24年から26年まで会長を務めた。例会には自宅を開放、経費面でも協力した。年2回の講師派遣行事の開催、年1回の試験開催では懇親会の準備・後始末、講師の先生との連絡など、自身の試験などを顧みずに尽力した。特に、平成25年の第7回九州合同通信三田会大分大会に参加、三田会へも協力した。
 堀内  廉 君(文)慶應通信文学会平成22年4月に入学、7月に通信文学会に入会、翌年に運営委員となり、科目試験の情報や編集、スクーリング情報担当にあたった。同年10月より大学及び各慶友会との連絡を担当した。平成24年から会長となり「文学会だより」を週1回発行に増回し、会員の情報発信を強化、2年間で会員数を増加させた。特に、平成25年には「文化と歴史」をテーマに、他慶友会と講師派遣行事を実施し、参加人数の増加を図った。
 橋本 安夫 君(経)大阪慶友会平成14年10月に入学、15年より運営委員としてニューズレターを担当、翌年副会長になった。平成19年から22年まで会長に就任、その後相談役として、会の運営と会員塾生の学習相談に熱意をもって当った。平成16年の大阪慶友会55周年記念大会で実行委員長、21年の60周年記念大会では会長を務めた。今後の三田会活動にも期待したい。
第47回2013年(平成25年) 奥山 剛志 君(経)千葉慶友会平成10年に入学、翌年に会長として、15年間に亘り、会報「菜の花」の発行、ホームページ担当及び講師派遣事業に務めた。途中4年間仕事で渡米時もホームページを開設、アップロードに務めた。帰国後、再び会長として、学部毎に講師派遣を分担制にし、経済学の講師招聘に尽力した。今後は慶友会と三田会の橋渡しが期待される。
 塚田 光博 君(法)横浜慶友会平成20年に入学後、2年間機関誌PENの編集リーダーを務め、23,20年には会長に就任、学友のリーダーとして、学習環境の向上に多大な力を尽くした。神奈川通信三田会にも参加、今後の三田会活動にも積極的な参加が期待できる。
 味村 敦美 君(経)大阪慶友会平成10年に入学後、12年から3年間は書記、会計監査を担当した。15年より副会長、会長に2年間交代で就任した。就任時に30数名の会員数をIT化を進め、100名規模まで拡大し、大阪慶友会の基礎を作った。今後は相談役として、大阪慶友会を支え、三田会へのパイプ役を務める。
 拝野 久子 君(文)新潟慶友会平成16年に入学時、新潟に慶友会等の学生団体がなく、手探りで学習を進めていた。そこで新潟の通信生を組織するために事務局と掛け合い、教員との懇親会を開催。その参加者が中心になり、平成22年6月に「新潟慶應友の会」を組織、1年後「新潟慶友会」として大学に公認された。その設立に多大な貢献をした。今後、三田会設立に尽力されることを期待したい。
 高谷 眞知子 君(文)京滋慶友会平成16年に入学、1年後から副会長を3年間、その後会長に就任2年間務めた。その間、京滋慶友会OBとの連絡係、講師派遣の企画及び事務、科目試験終了後の懇親会手配など、幅広く活動した。今後は塾員として慶友会活動で培われた経験を活かし、通信三田会活動に尽力されると期待される。
 神村 依子 君(法)東京武蔵野クラス当会の副会長として、慶友会内で、定期的な学習会の講師を務めた。特に、平成20年以降、学習会で「統計学」の講師を休まず続けた。単位取得に必要な数学の基礎、統計学のテキスト学習では、本人作成のオリジナルレジュメを用意し、献身的に会員の勉学サポートをした。卒業後の三田会活動にも関心を寄せている。
 大木 公三 君(経)Tokyo Socius東京ソキウス(Tokyo Socius)は定期的な学習会及び学部毎の講師派遣を開催している。その中で、学習担当として、例会を企画、平成20年から卒業まで、英語、統計学、経済原論の講師を受け持った。それぞれ独自のレジュメを作成し、会員の勉学に頼りになる存在となった。今後は三田会活動にも関心を持ち、活躍が期待される。
 粕谷 聡子 君(法)湘南慶友会平成20年に文学部を卒業後、同年4月に法学部に入学、平成18年に当会に入会後は総務役員を引き受け、今日まで湘南慶友会の運営に尽力した。平成21、22年には会長、24年には講師招聘を担当した。また、書道師範の特技を活かし、記念誌、講習会の題字など、慶友会活動に貢献した。今後は三田会での活躍に期待される。
 森井  薫 君(文)湘南慶友会平成20年に入学と同時に当会へ入会、平成20年度会計、22年総務役員、23、24年には会長を務めた。特に、7百名以上の大所帯の会の運営に、労苦をいとわない努力、ITスキルがあってのことであった。23年は当会の創立35周年、見事に記念事業を推進した。今後は三田会での活動が期待される。
感謝状柳田 恵輔 君 平成25年3月卒祝委員長として、多大に尽力された。
第46回2012年(平成24年) 田中 孝雄 君(経)栃木慶友会会計、機関誌「華厳」の編集を担当後、副会長、会長に就任した。仲間の面倒見が良く、勉学により会活動に傾注、講師招聘、塾風に触れる機会に尽力、定期的な講師派遣を成功させ、講演会を実現させた。特に、塾の学風である自助努力の精神を備えた姿勢は高く評価されている。
 大木 啓義 君(文)湘南慶友会講師派遣担当役員後、会長に就任、機関誌「たんざわ」の表紙絵を描くなど、比類なき活躍で、会員の励みとなった。通信三田会でも特技を生かした活躍が期待される。
 内海 眞弓 君(文)横浜慶友会通学課程卒業後、通信課程に入学、勉学の意義を深め、副会長に就任した。会計、年会誌「埠頭」、文学部勉強会を担当、会員の学習活動に貢献した。今後、通信三田会での活躍が期待される。
 石坂 雪江 君(文)英語読書会会計、総務を務め、透明性の高い会計報告、休会会員を含む名簿の整理更新、読書会の運営など、スムーズに行う体制作りをした。購読の詩に音楽を入れる教授の注文に、音楽教師の通教生に作曲を依頼、読書会で演奏してもらうなど、新しい風を三田会にも吹き込んでくれることを期待したい。
 藤吉 英世 君(経)熊本慶友会会長として、例会、学習リーダー、会員情報把握、必要な情報資料の提供に心掛け、講師派遣時は会員状況に応じる努力を惜しみなく発揮、通信三田会とも年間行事に合わせ、新卒祝賀会や歓迎会、塾員によるセミナーなどへの参加に尽力した。
 谷浦 展子 君(文)大阪慶友会入会直後に会計を担当、60周年記念大会では、運営委員として、ベリーダンスを披露、参加者の喝采を受け、目覚ましい活躍をした。その後、副会長として、講師派遣を担当、講演会、懇親会、HPデザイン作成など、幅広く活躍、三田会での活躍が期待される。
第45回2011年(平成23年) 中澤 卓司 君(経)横浜慶友会会長、副会長、会計、ホームページ担当など、学友のリーダーとして、学習活動に貢献、慶友会のために活動した。また、「全員卒業する慶友会」をビジョンに、学習環境の推進に多大な貢献をした。
 生形 尚 君(経)群馬慶友会通教過程を最短4年で卒業、目を見張る学業に対する努力、副会長2年、会長2年、会のリーダとして活躍、その間、総会、定例会、講師派遣、忘年会開催、スクーリング中のたまり場設置、会員の連絡調達に奔走、仕事と学習と慶友会を見事に成り立たせた。
 渡邊 由美子 君(文)慶應母親学生会会長、会報編集係、科目試験係、選挙管理、インターネット担当、講師派遣係に就任、活動は常に明るく、ユーモアを持って、熱心に会員を勉学に誘う姿勢が、会員の熱烈な感謝と信頼を得た。フルタイムの研究所勤務に家事と子育て、その中で勉学に励み、卒業を迎えたことは称賛に値する。
 井上 寛子 君(文)慶應母親学生会会長、副会長、サマースクーリング保育実行委員長、選挙管理に就任し、活動は常に明るく、会を和ませ、熱心に会員を勉学に誘う姿勢は、会員の手本となる。
 茅場 美智代 君(法)法学慶友会会員の入退会に関わる手続き、交流のたまり場設営に携わる。副会長として、会員数600人を超える会の運営を積極的に行った。卒祝準備委員としても活躍、卒業後の通信三田会活動にも参加が期待できる。
特別賞清水 美智子 君(法)法学慶友会東日本大震災で卒祝中止にも関わらずに、卒祝準備委員長として、最後まで尽力した。
第44回2010年(平成22年) 宮坂 きよ子 君(法)湘南慶友会講師派遣、学習係、応援団長を担当、会長と副会長を務め「一人でも多くの卒業生を送り出したい」を目標に、常に熱心に会員を勉学の道に誘い実績を上げ、この活躍が全会員の励みになり、三田会でも活躍が期待される。
 星野 千恵子 君(文)栃木慶友会新人入会受付担当、会報編集担当、会長など、数々の役員を経験され、会の運営に携わってきた。入学当初は日吉の近くに住んでいたが、栃木県に引っ越し、7年間三田まで新幹線で1時間半強、フルタイム出勤と出産や育児や介護を抱え、母親学生会の活動にも参加、メールなどの情報交換を通じ、後輩をも励まし続けた。
 平岡 真弓 君(文)三重慶友会仲間との交流を密にしながら、勉学と家庭をこなし、会長としても同輩や後輩とメールや例会で情報交換しながら、多忙な中で、任務を遂行、会長業務を全うして、短期間に卒業した。
第43回2009年(平成21年) 吉田 勇太 君(経)群馬慶友会4年で卒業、会長となり、会報誌「GUN GUN」の発行、インターネット掲示板作成、講師派遣手配、例会準備、会員の連帯と協力体制を築き、献身的活動を行った。
 小倉 秀高 君(法)埼玉慶友会4年で卒業、リーダーとして、パソコン関連の特技を生かし、ホームページ編集、IT技術を活用し会員に情報提供、講師派遣準備運営など、多大な尽力をした。
 森田 智子 君(法)法学慶友会体調不調を闘いつつ、悔いのない人生を全うしたいと、副会長として、ニューズレター、学習会、教室借用の事務手続きなど、会のまとめ役として活躍した。インターネットのみの情報提供の会から、会員同士が顔を合わせる機会をもうけ、交流を活発化させ、多くの会員の卒業を手助けした。
 清宮 政子 君(法)慶大愛知クラス副会長を3年間務め、会報誌「PHILOSOPHIA」の編集長として、永らく休刊していた会報誌の復刊に尽力、毎月発行の月刊誌に、地元で親しまれ、全国の慶友会にも発送、塾生の啓蒙活動に取り組んだ。英語学習会を毎月開催、自ら講師となり、単位取得を手助け、塾生の成績向上に務めた。早期卒業の原点は塾生同士の触れ合いにあると信じ、終始一貫して情熱を失わずに、仕事と子育ての忙しい中、愛知クラスの発展に多大な貢献をした。
第42回2008年(平成20年) 中野 隆 君(法)福岡慶友会4年間で卒業、会長を2年間務め、会員数を18名から68名まで増やし、例会、勉強会、講師講演会など、活発に活動を行って、盛会な会に築き上げた。
 東海林 修 君(法)湘南慶友会会計監査、会長として運営にあたり、「一人でも多くの卒業生を出したい」と熱心に会員を勉学の道に誘い、今年度の卒業生を19名に上げた。
 西村 正登 君(文)三重慶友会会長を2年間務め、東海地区慶友会と通信三田会との合同講演会を開催、副会長となり、最後まで学業と役職をこなした。引き続き、英語教育を広めるため、教壇に立つ夢を持ち続けている。
 斎藤 俊一 君(法)横浜慶友会10年余スタッフとして機関誌「埠頭」及び「PEN」編集発送、法学部勉強会、卒祝実行委員を担当した。特に、「PEN」編集、法学部勉強会、卒祝実行委員のリーダーとして活躍した。
 上田 知子 君(文)岐阜慶友会4年間会長を務め、講師派遣行事を積極的に行った。会報「あゆ」を年4〜5回発行、例会、忘年会、懇親会を開き、会員同士の交流、他の慶友会との交流に務めた。
 星野 寿美 君(文)群馬慶友会副会長を11年間務め、新入生への通教システム説明、多年在籍会員へは例会や行事への参加を促し、特に、ニューズレターへの原稿投稿を主な役目とし、母の看病と家事の合間に、慶友会の仕事をこなし、卒業を諦めずに勉学を継続して無事卒業、他の会員の励みになった。
 杉山 初江 君(法)慶應母親学生会サマースクーリング保育事業に有資格保育者の採用に努力、大学からの補助金を獲得、「ままメール」交換会活動のオーナーを務めた。
 岡田 悦子 君(文)慶應母親学生会年6回発行の「慶應母親学生会だより」を郵送からメール便へ、郵送とメール便に担当を分散した。会長任期時にサマースクーリング保育事業に有資格保育者の採用を実現、OG会との交流会を継続し、実績を上げた。
特別功労賞粕谷 聰子 君(文)湘南慶友会総務役員、卒祝委員長、特に、昨年の卒祝開催が危ぶまれ、これを取り纏め、卒業式に漕ぎ着け、卒祝が実施できたことが高く評価された。
第41回2007年(平成19年) 安倍 勝 君(経)三重慶友会会長として、長年にわたり慶友会の運営に尽力した。例会開催、会報作成、会員入会相談、学習相談など、きめ細かな対応で、30名弱の小規模慶友会から、毎年の卒業生を輩出、仕事で度々の海外赴任の中、慶友会への援助を惜しまなかった。
 小西 絹子 君(文)大阪慶友会会長、ホームページ担当、会報担当を歴任、創立55周年の記念式典実行委員会を組織し、義塾関係者、全国通信三田会、慶友三田会などの出席のもとで開催した。年4回の会報発行だけでなく、新しい会員交流の場として、ホームページを立上げ、担当役員にもなった。
 大塚 優子 君(文)慶應母親学生会会長、夏期スクーリング保育実行委員長、地域会リーダーを歴任。子育てと学業の両立の重圧を役員のみの負担から利用者全員で負担するようにシステムの改革をした。試験後の交流会を盛り上げ、顔を合わせる機会の少ない会員の交流を和やかにした。
 大槻 恵美子 君(文)湘南慶友会副会長、会計監査を歴任、会報発送作業にも参加した。スクーリング打上げ会を企画遂行し、会員相互の親睦と会計を助けるためにバザーを開催、渉外活動など、会長入院期間に会長代行として、会を牽引した。
 菊島 靖彦 君(文)東京三田クラス英語勉強会担当を歴任、毎月10年間山梨県甲府市から三田キャンパスに来て、英語の基礎を丁寧に教えた。多くの会員がお世話になり卒業できた。懇親会など率先して新入生に声をかけ、三田クラスの明るい雰囲気を作った。
特別功労賞阿部 光江 君(経)三田稲荷山クラブ文学部、法学部を卒業し、今回経済学部を卒業した。全国通信三田会では渉外部長として塾長、理事、教授、事務局や連合三田会の窓口となって活躍している。三田稲荷山クラブ会長として、小谷津教授を囲み、日本各地で学生交流をした。
第40回2006年(平成18年) 鈴木 健一 君(法)横浜慶友会会長、副会長、危機管理担当、法学部勉強会担当などを歴任、独学を克服する学習資料の作成と勉強会を開催した。一方、トラブルに対応すべく危機管理管理担当を立上げ、スタッフと協力して、多くの会員が参加できる健全な組織構築を図り、「キブ・アンド・テイク」の慶友会を育てた。
 藤吉 智子 君(文)フランス語研究会会長を5年間務め、ネイティブの会や美術鑑賞会などを率先し、会員のフランス語力向上やフランス文化の知識向上に貢献した。講師派遣では多くの教授を招き、講演会を主催し交流を深めた。
 横田 春美 君(文)群馬慶友会会長、副会長、文学部リーダーを歴任、両親を介護しながら、会長を積極的に引受け、会を活性化させた。会員の時間的制約を考慮し、日帰り講師派遣を発案開催、例会では新入生へ積極的にアドバイスし、会報「ぐんぐん」の編集発行に尽力、あらゆる場面で会員への配慮と工夫をした。
 筒井 堅詞 君(文)岡山慶友会会長を3年間務め、ホームページを創設した。安い会場を探し、例会を隔月から毎月に変更、情報交換の機会を増やし、会員間の親睦を深めた。地方塾生のために、講師派遣を岡山で初めて実施し、学習内容をを深め、会員間のコミュニケーションを活性化した。
 福澤 潤一 君(文)東京もえぎクラス会長、副会長、英語学習会講師を歴任した。英語学習会では、テキストを中心にしつつ、アメリカ人の言い回しや慣用句を紹介し、日本で見かける英語の誤りを指摘し、英語を親しみ易く教えた。役員として、会の運営に尽力し、遠足のイベントを企画、会報への寄稿、会員への情報提供など、積極的に行った。
 古地 剛 君(文)湘南慶友会会長、副会長、機関誌編集委員、講師派遣委員を歴任、役員として、長年活躍、会の運営を積極的に推進した。「みんなでつくろう湘南慶友会」を標語に、会員に呼びかけ、レクレーションの企画を推進し、楽しい慶友会作りを推進した。
第39回2005年(平成17年) 高尾 翠 君(文)筑後慶友会会長、副会長、編集委員を歴任した。筑後慶友会が不調あるいは解散の危機にあった時、持ち前の学問に対する真摯な気持ちと懐の広いやさしさ、根気強さが周囲の学友に伝わり、何度も解散の危機から会を救った。毎年講師派遣を2,3回実施、会報「ムツゴロウ」を発行、定例会では毎回レポーターを決めて会員が切磋琢磨した。科目試験会場では、福岡・佐賀・大分・鹿児島の慶友会と活発に交流した。
 平田 東助 君(文)横浜慶友会会長、PEN編集長、文学部勉強会スタッフを歴任し、多くの会員が参加できる勉強会を開催した。
 田中 正宗 君(経)横浜慶友会副会長、学習資料リーダー、経済学部勉強会スタッフを歴任、スクーリングアンケート分析、経済原論学習会など、チームワークを重視して会をまとめた。卒祝準備委員を3回も担当、事務局、代表幹事として活躍した。
 切明 美穂子 君(文)八戸慶友会会長、副会長、会計、会計監査を歴任した。慶友会代表として通信教育部との懇親会にも出席、青森慶友会との合同講師派遣を何回も実施した。少人数の慶友会で会員の学習意欲を高めることに貢献した。
特別賞市村 浩康 君(法)横浜慶友会副会長、編集委員、英語勉強会担当を歴任、月刊誌「PEN」を編集し、会員の勉学を助けた。英語検定一級の実力で、多くの会員が通教難関の英語単位取得を自分の喜びとし、テキスト学習を指導した。
第38回2004年(平成16年) 山田 融 君(文)札幌慶友会副会長、会長を務め、会報「みるくめーる」編集長と同時に副会長、編集に力を入れ、科学の常識向上に貢献、さらに会長を務めながら、学習の悩み相談員として、参考書の見方、レポートの書き方など、悩み相談に応じた。
 坂井 淳 君(文)長崎慶友会広報担当、地区リーダーを経て、会長を務め、会報「ステンドグラス」の執筆、定期発行を続けた。講師派遣を積極的に行って、会の停滞ムードを一掃、慶友会に活気を甦らせた。
 浅沼 克則 君(法)岩手慶友会会長を務め、例会、機関誌「不来方(こずかた)」の発行、講師派遣の開催など、裏方として協力、ミニ講演会開催など、幅広い活動を行った。
 新保 優子 君(法)徳島慶友会庶務担当、副会長、会長に就任。講師派遣行事を成功させ、地方で学ぶ者に、多大な活力をもたらし、会報「Coffee Break」の発行にも尽力した。
 鈴木 隆雄 君(経)慶應昴HP上で学習アドバイス、所沢支部長となり、全国との交流を促進、他大学の通信課程や慶大通信教育への進学相談、アドバイスを行っている。HPアクセス数は約100件/日、三万件を突破する勢いで活躍中である。
 沖松 昌朗 君(文)池袋慶友会学事委員として英語学習会を主催、副会長になり、会報「ともしび」の編集委員を務め、「英語こぼれ話」と題し、英語学習情報を合計40話も掲載、一貫して、英語学習会を開催、会員の英語力向上に尽力した。
 三浦 久典 君(文)慶大愛知クラス副会長、会長を務めた。科目試験後の諸行事実施、講演会開催、自らも講師役として、会員の学習活動に努力した。例会では、司会進行役を務め、慶大愛知クラスの運営に寄与した。
 藤田 よし子 君(文)湘南慶友会会計、副会長を務め、スクーリング後の打上げ、講師派遣など、円滑な活動を行った。会報「たんざわ」200号記念号では中心になり、会長代行として、神奈川通信三田会や横浜慶友会との交流を深めた。女性会長となり、アットホームな会の運営、学習会のリーダーおよびコーディネータ役を担当、中心的存在となった。
 有澤 真美 君(文)湘南慶友会レクレーション担当として、科目試験終了後の行事を主催し、動機づけを行った。副会長になり、会報「たんざわ」に(Psychology note)を連載、講師派遣を担当、講演会を主催し、例会の出席率向上に貢献した。
第37回2003年(平成15年) 中村 節子 君(文)横浜慶友会横浜慶友会に入会と同時に役員として活躍。特に機関誌「PEN」の編集委員として、三色旗の某教授の一文に反論、「PEN」紙上で問題提起した。外部交流では、平成3年夏期スクーリング中に開かれた横浜慶友会主催の、初の全国慶友会交流会の幹事を務めた。神奈川通信三田会との交流促進にも貢献した。
 大久保 静一 君(法)埼玉慶友会編集委員、企画委員として会の中核を担った。副会長、総会議長を務めた。卒業を目指す意欲的な会として、13年に彩京クラスを設立、公認団体になるまで様々な困難にあったが、勉学の傍から、彩京クラスの発展に尽力した。
 小泉 正数 君(文)池袋慶友会企画委員・編集委員を務め、副会長、会長に就任した。神奈川に住んでいながら、遠く池袋慶友会に足を運び会の発展に尽力した。特に講師派遣事業では、法学部の明石欽司先生をお招きした。時事英語研究会を活発に行って、機関誌「ともしび」に掲載、学習に役立てた。
感謝状鈴木 美知子 君(法) 平成12、14年と卒業準備委員として尽力されたことにより、感謝状を受けられた。 英文科出身だが、オーム真理教の事件を契機に、法律に興味を覚え、法学を学んだ。



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